田中まじめ滅餓寧武露愚

よろしくお願いします。

モモコグミカンパニーとチェキが撮りたい

去年の夏、友達と趣味でやっているラップグループで作った曲の歌詞で「モモコグミカンパニーとチェキが撮りたい」というリリックを書いた。


モモコグミカンパニーとは楽器を持たないパンクバンド・BiSHというアイドルグループのメンバー。私のいわゆる推しメンである。


去年の5月にBiSHを知り、9月頃まで日々の自由時間のほぼ全てをBiSHの動画を見ることに費やしていた。


アイドルにハマるという初めての経験に我がことながらとまどっていた。なぜここまでハマってしまったのか。「曲がいいんすよね〜」、「いや、色々話題づくりの仕掛けがあって面白いんすよ〜」などと言っていたが、本質的には疑似恋愛にハマっていたのだと最近気が付いた。マジリアルときめきメモリアルである。


現在は毎日見るほどではなくなったが、熱が冷めたわけではなく悟空が常にスーパーサイヤ人でいられるようになったことに似ている。


そんなリリックに書くほどチェキが撮りたかったモモコグミカンパニーと明日チェキを撮る。また、関係性は全く無いけど、明日は朝から美容室に行く。


これはつまり美容室で「今日お休みですか?何するんですか?」に「アイドルのライブに行きます。チェキも撮ります」と答え『え、それで朝から髪の毛を切っているの?』と思われる羞恥イベントが発生するということである。


美容室では、あけちゃんというプライベートでも10年来の友人である気心の知れた美容師さんに担当してもらう。あけちゃんは問題ない。


しかし美容室にはアシスタントのシャレた若い女の子がいる。シャレた若い女の子は『え、もしかしてアイドルとチェキ撮るからこんな朝から髪の毛切りにきたの?まじ?』とほぼ確実に思うだろう。油断したら聞かれてもいない言い訳を早口でしてしまいそうだ。多分するだろう。いや本当にその日しか無かったんだ。本当本気。


少し前に同じくBiSHのアユニ・Dというメンバーが新潟に来てチェキを撮る機会があった。チェキの撮影は普段動画で見ている人と5秒くらいコミュニケーションできるという遊びである。


チェキ会の前のトークショーでアユニがオススメ映画を教えてくれと言っていたので「奇人たちの晩餐会って映画が面白いよ」と伝えた。そしてチェキを撮ってもらった。


ただそれだけのことなのに最初っから最後までガチガチに緊張していた。出来上がったチェキにはアユニとともにゴッキゴキに固まった自分の顔が浮かび上がってきた。


ある先輩にその話をしたら「その緊張はダセェ!」と切り捨てられて二度落ち込んだ。たしかにその通りだ。私はもう大人だ。大人の男だ。バカヤロウ!しっかりしろ!気になる女の子に話しかける中学生男子じゃねえんだ!クールに決めろ!無理!


そんなことを思っていた。果たして俺はリラックスした状態でチェキが撮れるだろうか。以上。ばーい。

マウントについて

少し前からマウントという言葉が世の中に定着した感がある。相手に対し自分の優位性を示し精神の安定を図るらしい。あるよね。


これは発信者の意図しないところで受け取り側の一人相撲になっている場合もある。SNSなどインターネットを介したコミュケーションには特に双方から注意する必要がある。


ふとしたときに「お前より優れている俺の話」を仕掛けてくる人もいる。そんなときはその人と少し距離をとるようにしている。「あなたはそう思うんですね」と受け流す。難しいけど。議論することもあるけど。


なんだか悔しくて相手より優っている部分を探してしまうことなどもあったけど、結局他人と比較する螺旋から自分が降りなければいつまでもその感情に付き合わなければいけない。


マウントの上側を否定することは螺旋を降りることにはならず、「あなたはそう思うんですね」と相手も認めた上でそっと距離をとることがコツな気がする。自分が「勝つ」「負ける」という価値観に乗っていると思ったときには素早く降りるようにしたい。ほんと難しいけど。


○○より○○が良い」や「○○が一番」などの言葉も時と場合によりマウントを引き起こす言葉なのではないかとなるべく使わないようにしはじめた。あほやろ?神経質になりすぎても疲れるのでできる範囲で。


また「マウント」という言葉が世の中に定着したことから、世間が「マウント」を意識して共通の認識を持ったことが分かる。それは、「マウント」の向こう側の価値観、「比較しない価値観」へと日本人が知らず知らずのうちに向かっているのではないかとも思う。言葉になって認識されることによってみんなが区別しやすくなった。価値観のトレンドは時代によってゆるやかに変わっていく。ゆとり、さとり。


人と比べず自分の人生をどうしたいか。どうしたら楽しいか。どうしたら心穏やかか。などと何も考えないことがそれへの近道になるパターンもある。人それぞれ。花は比べなくても美しい。なんちゃって。とりあえず思ったことをまとめた。あとで今思ったことを読み返す。面白そうだから。そんなかんじで以上。ばーい。

気にしたりしなかったりする話

友人・ブリングバックが放送しているインターネットラジオにベロベロに泥酔した状態で出てしまった。恐る恐る収録された放送を聞いてみると、案の定ロレツも脳味噌も回っていない男がフガフガと管を巻いており、情けない気持ちになり落ち込んでしまった。


落ち込みすぎて居ても立ってもいられなくなり本屋さんに、そんな気分について書かれた本が無いか探しに行った。無かったけど、なぜ気持ちが落ち込んだかについて考えた。


それは「人からどう思われているか気にしすぎる」や「誰からも嫌われたくない」という思考に由来するものだと思った。そして、心穏やかに暮らすためにこの思考のコントロールを訓練した方が良さそうだと感じた。


「人からどう思われているか気にする」や「誰からも嫌われたくない」という思考を頭から全て消しさることは難しいと思うし、全くなくなったらなくなったで社会生活に不便が出そう。


基本的な戦法としては世の中の人全てに好かれようと思わないこと。人には個性があるから相性がある。合う人と合わない人で自分との距離感を同じにしない。


そして合わない人の世界を否定するのではなく、距離感を変える、あくまで人間同士の尊重した対応を忘れないようにしようと思う。


また、嫌われたくない、敵はいないほうがいいという思考は自分を守りたいという人間の自己防衛反応らしい。これを知っていると知っていないでは心のコントロールに差が生まれると思った。


また、「私が何より恐れているのは、自分の人生の終わりに自分が誰か他人の夢を生きたと気づくことだ」という映画のセリフに出会った。愛と哀しみの果て、カレン・ブリクセン。心を大事にハイとイイエを言うこと。


生きるということは他者と関わり社会に参加するということなので他者を気にすることもとてもとてもとても大事。しかし、気にしすぎると「人生の終わりに自分が誰か他人の夢を生きたと気づくこと」になるのだと思う。そのあたりが、やり方でありバランスとかセンスなのだと思う。人を気にすることのコントロールとその訓練に取り組み心穏やかに暮らしたい。


いや、まず酒の飲み方だろ。


そんなかんじでまた何か思ったらメンタルネタをやりたい。以上。ばーい。

新潟市内の好きなラーメン店について

新潟市内の個人的に好きなラーメン店をリストアップしてみました。

 

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<白寿>

 

うま煮ラーメン。新潟市古町。500円。白菜もやし豚肉とニンニクのトロミの付いたアン、細い麺が特徴的。AMラジオと店主の鼻歌がBGM。味も値段も店内の様子も昔からスタイルが変わらないところが素敵すぎます。古町エリアの昼ラーメンなら僕は白寿が好きです。

 

<じじ&ばば>

 

世界一美味しい坦々麺。通称じじばば。新潟市古町。夜限定。場所がマニアックなので最初は知っている方と行ってみてください。いつの頃からかラーメンだけの注文ができなくなり、アルコールを注文してお通しが付いてきて坦々麺を食べる為に2000円くらいかかるように。でも世界一美味しいので安いものです。通の方にはジャージャー麺をオススメされたような気がします。

 

<東横>

 

新潟濃厚味噌。新潟駅南口・ドンキ裏の東横。東横の野菜味噌ラーメンが好きです。めちゃくちゃしょっぱい味噌ラーメンで、スープを薄めるスープが付いてくるのですけど、個人的には薄めずしょっぱいまま食べます。野菜味噌を注文してしょっぱいスープを野菜にかけて野菜を全て食べきって麺が柔らかくなってから食べるタイプです。よろしくお願いします。ああ、思い出すだけで食べたくなる。美味しいです。しょっぱすぎてびっくりするかも知れないですが薄めない方が結果的に美味しく感じます。

 

店内にはバンドマンのサインがたくさん飾られています。嘘つきバービーのサインが熱いです。ギャングパレードのユイガドクソン絶賛。オタク気質なので今度ギャンパレが食べた席で食べに行きたいと思います。キャンマイの席で。

 

高校時分、下校途中に友人達とよく食べた青春の味です。

 

<八珍亭>

 

これも新潟濃厚味噌です。西蒲区(巻エリア)なので新潟市からは遠いです。東横より更にワイルドで力強い味というイメージです。

 

<中華亭>

 

燕三条背脂醤油ラーメン。新潟駅南口エリア。オリジナリティを感じます。

 

ここも高校の帰り道に良く食べた青春の味。最初に行ったとき、「ラーメンください」と注文したら、強面の店主は「ラーメン無いよ」とぶっきらぼうな返事。ラーメンが無いことと対応の強さに混乱しながらもメニューを見直すと「中華そば」と書かれており言い直すと「あいよ」と注文が通るという中華亭初見あるある。

 

何年か前にわざと「ラーメン無いよ」が聞きたくて「ラーメンください」と言ったら、私の声色が不自然だったのか「ラーメン無いよ」の後から「お兄ちゃん知ってたんじゃない?」と少し照れたような柔らかい顔。すみませんでした。まだやってくれるかは不明。

 

燕三条背脂醤油を初めて食べたお店です。濃口醤油と煮干しと豚骨のダブルスープ、うどんのように太い麺とみじん切りされた生タマネギが衝撃的でした。

 

<滋魂>

 

燕三条背脂系。新潟市東区新潟空港に近いエリア。いつ行っても混んでいます。二人以上で行ったらタマネギを追加注文してシェアします。

 

<チョビ吉>

 

長岡生姜醤油系。新潟駅前エリア。生姜の切れ味鋭い味が好きです。

 

<六太郎>

 

あっさり醤油。新潟市南区・白根エリア。優しい優しい絶妙な素朴さ。カツ丼と冷やし中華も美味しいです。行くと、ラーメン+冷やし中華かラーメン+カツ丼を注文します。美味いから。専門学校の友人の実家ということで知ったのですが、ひいきなしでオススメです。白根エリアの方は是非。

 

 <味みつ>

 

あっさり醤油。新潟市西区・黒埼エリア。現在は日曜日と月曜日の昼2時間だけ営業。メニューはラーメンとラーチャン(ラーメンチャーハン)セットの2種類のみ。美味しいです。一戸建ての団地の中に現れるラーメン屋さん。近所の保盛軒という中華料理屋さんもめちゃくちゃ美味しいです。

 

ラーメンを待つお客様が漫画を読んでいたら「うちは本屋じゃねえんだよ!」と一喝して帰らせたという噂を聞いたことがあります。そのせいかどうか店内で会話しているお客様は少ないような。皆一様に提供されたラーチャン(全員これを注文する)を黙って食べてすぐに出るという。鬼の回転、回し続ける店主。佐野実のラーメン屋さんってこんな感じかしらと思わされる体験するタイプのラーメン屋さんです。

 

ちなみに、私が大好きなバンドにゆらゆら帝国というバンドがいてそのルーツの一つとして村八分という日本の伝説のロックバンドがあります。その村八分が活躍していた日本語ロックンロール黎明期に「新潟の村八分」と呼ばれたベガーズバンケットというバンドがいてそのべガーズバンケットのギターが味みつの店主だったという噂を新潟市西区出身のハイスタ難波さんが話していたという噂を聞いたことがあります!情報量!

 

これは味みつとベガーズバンケットを知っていて新潟在住の方にはハイパー激アツハイパーロマンティックな情報です。ゆらゆら帝国のファンにとって村八分は必須科目になるので村八分周辺を勉強しているときにベガーズバンケットを知りました。その幻の自主盤マニア界隈は沼が深すぎて「そういう民たちがいる」というくらいしか知りません。詳しい方がいたら自主盤マニアの世界をこっそり教えてください。またラーチャン屋オープン時のエピソードや楽久のチャーハンとのエピソードなど聞こえてくる噂が強いです。

 

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以上、新潟でしか食べられないようなオリジナリティを感じるお店を選んでみました。

 

興味が湧いたら食べてみてください。それでは。ばーい。

 

検索用 /   静岡ロックンロール組合、摩天楼、田舎者

we are little zombies

ウィーアーリトルゾンビーズ!面白かった。一日何となく余韻を引きずってずっと考えていた。なので感想を書かせてください。


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まずベースの男の子とピアノの女の子のフレッシュさ、ボーカルの存在感、ドラムのひょうきんな雰囲気、4人のチームが素敵だった。ベタ逃がすとこのヒカリの優しさとか、オレンジジュース飲むときの映像とか。そんなのがたくさん。


岩井俊二と比較している感想をたくさん見たけど、個人的には岡崎京子とか日本橋ヨヲコ的な乾いた感じというか、感情表現に乏しい子供にまつわる話というか。あいざわりくとか。を感じた。


全体的にピコピコしてたりCGも随所で使われていたりしてそこは好き嫌いが出るかもしれない。きっとこのあたりが良い悪いではなく岩井俊二との違いを強く感じたところ。


この映画は何を表現したいんだろうという目線でつい見てしまうのだけど、見ているだけだとわりと最後の方まで分からなかった。


それは色々な細かいテーマを感じる瞬間がいくつもあったからで、劇中にはチャプター表記が出て12章くらいに分かれていた。今思うとたぶん12章分くらいのテーマがあったのかも。


言葉がすごいスピードで消費されていくこと、子供と大人の差は何か、いじめやマウンティング的なもの、ネットで必要以上に悪を叩くこと、スマホ依存、などなどに対するカウンターを感じた。こういうものが章ごとにある気がした。もう一度見たい。


ゾンビーズのカバー曲が良かった。


ラストシーンは、「お前もやるだろ?ゾンビじゃねえだろ?」に感じた(夢オチ示唆の考察も多かった)。


死んだように生きている=ゾンビというテーマもあった。スマホの画面を見つめるサラリーマンがゾンビ的な足取りで電車のドアから大量に吐き出されてくるシーンがあったわけなんだけど、個人的には本当に思考停止してゆるやかに死ぬように生きている人なんてあまりいないんじゃないかと思う。


大衆を思考停止ゾンビに見立てたような映画を、超大手広告会社である電通に現在も在籍している監督が制作するという。意味深長。


ラストシーンに向かっていく映画を眺めながら「みんな日々がんばってそれぞれの幸せを感じて生きている。生きてこそだ。」と思っていたら、iPhone地震アラームがけたたましく鳴り強烈な揺れがきてビビった。


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他にも中島セナちゃんの撮影した写真が見てみたいなとか、薬指は永瀬正敏がやったのかなとか、色々考えた。見終わった直後より一日かけてジワジワ面白くなってきた。なので書かせていただきました。ありがとうございます。また見たいです。以上。ばーい。

2000万円などについて

テレビを見ていると「70歳まで働こう」とか「自助努力しよう」、「副業しよう」、「65歳までに2000万円ためよう」など聞こえてくる。令和元年。


70歳まで働けるだろうか、70歳まで企業は働かせてくれるのだろうか、70歳は今30歳なら40年後、今の50歳でも20年後、世の中の仕組みが変化して誰にも分からない未体験の時代が来ている。いつの世の中もそうなのかも知れないけど。


あたりまえだけど自分が70歳までどのように生きるか自分で考えなければいけない。未来のことは分からないけど、どのように年を重ねていきたいか。


好きなことを仕事にする重要性について考える。好きなことを収入源の100パーセントにするという意味ではなく、好きなことで世の中の人に喜んでもらってお金を得られる環境を自分で作れるかはかなり重要だと思う。副業にならなくても何をしているときに心が楽しいかも。


国が資産運用を奨励している。しまくっていると言って良いと思う。NISAなど。NISAは企業に投資して得た配当金に一定金額まで税金をかけないという制度。昇給が難しく給料が固定されているところからお金を増やすとなると投資的な方法にも目を向けた方が良い気がしている。


今までは、投資全般に対してアレルギー的に拒絶していた。堅実に勤めて昇給を望めた社会に生きた上の世代からすると、投資的な資産運用はリスクが伴うので危険だというのが今までの常識だった。しかし、現代では世の流れが変わったような気がしている。


少子高齢化が取り返しがつかないところまで進行してしまったことだけでも、払った分よりもらえなくなるだろうということはほぼ明らかである。若者は上の世代のために年金を払っている。


自民党の政治。上の世代に優しく若者に厳しい現在。なぜなら若者の投票率が低いから。とにかく低い。投票している世代にさえ優しければ、若者に対した約束が果たされなくてもなあなあに流されていってしまう。そしてうやむやに許されてしまう。


政治や投票に対する漠然とした恐怖感を自分は持っていた。何も分からないのに投票したら間違ってしまうのではないか、それなら分かる人が投票した世の中で頑張ればいいや、と。興味もないし、と。興味がないと何もしないのは悪いクセ。


だがやはりもっと参加しなければいけないのだと思う。若者を蔑ろにしたら政権を取れないぞ、という姿勢を投票して示したい。自分たちの世代もそうだし、例えば子供ができて未来が何となく暗いのではかわいそうだ。世の中が良くなっていくために誰に投票したら良いか、もっと社会に参加する。


しかし、かと言って誰に入れて世の中が良くなるかは分からない。自民党以外が政権を握ってもノウハウが無い分、今以上に景気が悪くなるのかも知れない。だから自分で良く考える必要があるのだけど。


子供を産みたいけどお金が厳しそうだから悩んでいるという話を聞く。どうすればいいのか。どこに金を回せば良いのか。


やっぱり早く産んだら得くらいの世の中になって欲しい。そっちの方が国の人口が増えて色々に良いのであれば。しかし仕事が減る未来なのか?人口も減った方が良いのか?分からない。やはり夫婦が望むかどうかが大事。


いつものごとくダラダラと書いてしまったがまとめとしては、投票する政治家を見極めて投票しようということ。あと世の中が変化している気はするけど、どちらかというと意味なくポジティブ。選り好みせず働く意思さえあればとりあえずどうとでもなると思う。あとは選挙に行かねば&お金の勉強をしたいなというだけの話。以上。ばーい。

新潟はハードオフの聖地

先日、東京で暮らしているミュージシャンの方をハードオフに車でご案内する機会があった。


ミュージシャンの方の中ではハードオフというものが一種の共通言語になっているらしい。インターネットにも出回らないようなマニアックな中古楽器などが置いてあることもあるそうで、地方に行くとハードオフを見て周りたくなると仰っていた。中でもハードオフ発祥の地として知られる新潟はハードオフの聖地であるとも教えていただいた。


南万代店と近江の楽器studio店にお連れしたのだが、気分が高揚されている様子でニコニコと看板まで写真撮影されていた。


話は変わるがハードオフ英語圏スラングでちょっと下品な意味になるらしい。フジロックではマックデマルコというバンドのメンバーがハードオフのストラップを付けていたらしいのだが、恐らくそちらのスラング的な遊び心の意味で付けていたのではないかと思う。


そのミュージシャンの方は「若いときにハードオフを知っていればエレキギターを一年早く買えた」とも言っていたので、このブログを読んでくれた若い人がエレキギターを早く手に入れられるように、また英語圏の人と話すときにはスラングに注意してもらえるように願っている。