滅餓寧武露愚

よろしくお願いします。

【映画】オトナ帝国【ネタバレ】

野原ひろしは35歳らしい。まもなく私も35歳の誕生日を迎える。ちなみに連ちゃんパパは34歳。


クレヨンしんちゃんの映画・オトナ帝国という作品では大人について色々と考えさせられた。


劇中のクライマックス、自殺を図ったオトナ帝国のリーダーに対して、しんのすけが「ズルいぞ!」という言葉を投げかけるシーンがとても印象的だった。


「死ぬな!」でも「生きろ!」でもなく「ズルいぞ!」。


死のうとしている人に対して使う言葉としてはあまりしっくりこないのだけど、その場面にはなぜかしっくりきていた。


「ズルい」とはどういう状態を指す日本語か。自分では、そのシーンに即する意味が思いつかず嫁に聞いてみたところ、「順番を守らないことでは?」という答えが返ってきた。


たしかに。


そう考えると、「ズルいぞ!」こそが、オトナ帝国のテーマなのではないだろうかと思い至った。


子供から大人になる。世界には等しく時が流れ、動物は生まれたら老いてやがて死ぬ。


親より先に死ぬな、自ら死を選ぶな、自分が老いたら次の世代にバトンを繋げ、順番を守れ、順番を守らないなんて「ズルいぞ!」と。


映画では、思い出に浸る装置により現実逃避を繰り返したオトナたちが、社会での責任を放棄するという恐ろしい世界が描かれていた。


ただ、その現実逃避も現実でがんばっているからこそ必要になるのだけど、あくまでも現実が最優先。その順番が狂ってしまうと究極的には社会が崩壊してしまう。ここにもまた「順番」についてのメッセージが込められているのかも知れない。


物語は、野原ひろしが自身の靴下の強烈な匂いで現実を思い出す。臭い靴下が働くことの象徴のように描かれていて面白かった。


働いて疲労したりストレスを感じることによりアポクリン腺が開き汁が出て人間は臭くなる。がんばって働いた後のワキや足は臭くなるように人間の体は作られている。


野原ひろし、35歳。自分には子供はいないが、自然の流れ、人類の営みの中で、自分よりも若い世代に対して大人の責任が果たせるようにがんばりたいとクレヨンしんちゃんに突きつけられた。がんばる。

靴を買った

靴を購入した。アディダスSL72というスニーカー。青いナイロンのボディに、褪せた加工のスウェード素材がトゥーやヒールなどに施されていて、ボディとソールの間にはワンポイントで赤いラインが引かれている。かわいい。


食べてしまいたくなるほどかわいい。今の復刻ではなく数年前に復刻されたもの。なぜ復刻のたびにディテールが変わるのだろうか。


アディダスの長い歴史から考えると、歴史に名を残すようなモデルは多くはない。SL72はランニングシューズの先駆け的なモデルであり、SLスーパーライトの頭文字である。その後はSL76marathon80という後継機が発売された。


それらはレトロランニングと呼ばれるジャンルに属するようで、いずれも古きよき時代のデザインセンスを感じる一品。かわいい。大して詳しくないけどアディダスが好き。


SL72があまりにかわいいので、上に着るものを悩んでしまう。靴がかわいいところにかわいい(もしくは、かっこいい)トップスを着ると、自分がとてもかわいい(もしくは、かっこいい)を表現しているようで恥ずかしくなってしまう。


だからトップスは無地、もしくは小ダサいものを身につけたい。それならかわいいが渋滞しないので心が安定する。


嫁にそのような話をすると「めんどくさい人だね」と一笑に伏される。嫁は服にあまり頓着が無いタイプで、私は組み合わせなどを考えることを楽しむタイプなので、嫁から私にファッションの相談をしてくれることもある。


しかし、分かっていても気を付けていても私の意味不明な理屈による細かいダメ出しが出てしまい、最後は嫁が「めんどくさ」と言って相談が終了してしまうことが多い。


ひと様がどのような服を着ていても全く気にならないけど、自分のこととなると意味不明な理屈が次々と湧いてきて色々なことを邪魔してくる。


今回で言うと、自分はかわいい(もしくは、かっこいいやイケてる感じ)とは程遠く自分のダサさには日々うんざりしているので、かわいい人かっこいい人イケてる人だと思われたくないのだ。いやもっと正確に言うと思われすぎたくないのだ。めんどくさ!!!!


「人にどう思われるか気にしない」というテーマを持って生きているけど、どうしても気にしてしまう。最近は少し諦めた。「人にどう思われるか気にしない」マインドを手に入れたらかなり生きやすいのだろうが自分は悟れそうにないので、悟れない範囲で自分の生きやすさを探そうと思っている。


ダサいTシャツについて考えていたら、過去にECKOというTシャツが似合わなかったことを思い出した。


中学生のとき、池袋ウエストゲートパークなどの影響でオーバーサイズドな西海岸のファッションが流行していて、そのときは自分も「B系」の服を買ったことがあった。


当時は真剣だったけど今考えると自分には似合わなすぎて身悶えするほど恥ずかしくなる。なので、そういう意味で今年はECKO(エコー)Tシャツが着たい。は?


「めんどくさい」とか「こじれている」など、自分の形容詞として本当にしっくりくる。世間に対してごめんなさいという気持ち。できることをがんばります。ありがとうございます。以上。

mother2(ネタバレあり)

正式タイトル『マザー2 ギーグの逆襲』。

 

1994年に発売されたスーパーファミコン用のゲームソフト。コンピューターRPG

コピーライターの糸井重里さんがシナリオとゲームデザインを手がけたことでも有名。

物語は3人の少年と1人の少女が宇宙人「ギーグ」の地球征服の野望を阻止するために冒険をしていくというもの。

 

糸井重里さんがどんな人か。色々なことをされているので詳しくはウィキペディア参照なのだけど本業はコピーライターだと思う。コピーライターは簡単に言うと商品のキャッチフレーズを考える人。

 

糸井重里さんについて。70年代中頃から活躍。80年代初頭にはサブカルチャー雑誌『ビックリハウス』において、読書投稿ページ「ヘンタイよいこ新聞」を担当。その「意味のない面白さ」で読者を熱狂させ、若者たちの教祖的存在となる。現在71歳。ウィキより。

 

代表的なコピーだけでも多すぎて紹介しきれないが、ジブリのキャッチコピーを考えたことが有名。トトロからゲド戦記くらいまでのキャッチコピーはほとんど糸井さんのもの。面白いのでそちらも少し紹介。

 

トトロ「このへんないきものは、まだ日本にいるのです、たぶん」

 

魔女の宅急便おちこんだりもしたけれど、私はげんきです。

 

紅の豚「カッコイイとは、こういうことさ。」

 

平成狸合戦ぽんぽこタヌキだってがんばってるんだよォ

 

もののけ姫「生きろ。」

 

いまだにナオキという友人がクチにする「くうねるあそぶ」(日産セフィーロ)も糸井重里ちなみにマザー2のキャッチコピーは「大人も子供もおねーさんも」。

 

キャッチコピーだけで収まらず、萩本欽一茨城ゴールデンゴールズというチーム名も考えたり、矢沢永吉さんの自伝小説「なりあがり」の構成、編集を手がけたり、忌野清志郎の「パパの歌」を作詞したり、沢田研二の「TOKIO」も糸井重里さんの作詞。ほぼ日刊イトイ新聞でも代表を務めている。

 

とにかく言葉の天才として時代を築いた人。最近は良くツイートが炎上している。実際に疑問に思うところもある。けどマザー2は超良い。糸井重里さんは「優しい世界」的なものを背負ってしまったので時代からカウンターを受けている気がする。しらんけど。

 

そんな糸井重里さんのスーパーキレキレ時代の集大成の一つがマザー2。キャラもマップも戦闘画面の背景もかわいいし、キャラクターのセリフも糸井重里が考えたユーモア溢れるものばかり。挙げきれないので少しだけ。

 

どせいさん」、丸みのある体に大きな鼻・太い眉毛がつき頭頂部に一本だけ伸びた毛に赤いリボンをしている特徴的なキャラクターがいる。ゲーム中、「どせいさん語」という独特な言葉で話すのだけど、台詞が特殊なかわいいフォントで表示されていて、これは糸井重里さんの娘が45歳の頃に書いた文字が基になっているらしい。

 

「ゲップー」、ギーグの手下で中盤戦のボス。ヘドロみたいな外見。インパクトが強く有名。会話時や戦闘時にかなりリアルなゲップ音を出すのだけど開発スタッフのゲップ音を用いている。

 

このゲップ音がリアルすぎるとクレーム連発。そのせいだけではないだろうけどアメリカでは発売直後のレビューも低評価、速攻でワゴンセールされたらしい。

 

ちなみにその後、64スマブラにネスが登場したことでアメリカでは再評価の熱が高まり、初回限定盤は現在スーパープレミア。

 

ミニスーファミでも海外版だけマザー2は収録されている。なぜ日本版に入らなかったか少し調べた。曰く、大勢で楽しめるようにRPGは少なくしたかった、ジャンルと収録キャラのバランス、入らなかったということで話題になって欲しい思い、全員の100点は無理、とのこと。

 

そう聞くとクロノトリガードラクエ風来のシレンロマサガも、ドカポンパロディウスも入っていない。ちなみに21作品中RPGFF6スーパーマリオRPGが入っている)

 

心に残る敵キャラの名前シリーズ、「よくないハエ」「ちょっとくさゴースト」「おあいそユーホー」「あつくもえる てき」「あれ」「あのあれ」「のろいのメーワク」「マル・デ・タコ」「ミタ・メ・タコ」「カナ・リ・タコ」「タコ・ソ・ノモノ」「サカナにんげん」「サカナにんげん・あに」「PKおとこ」「PKおとこ・かくうえ」「せきぞうのもとじめ」、など。ほんの一例。進化を強調する言葉のチョイスが好き。

 

アイテム編からもひとつ。砂漠に落ちているコンタクトレンズというアイテム(これがすでに見つけにくい)をフォーサイドのベーカリーの二階にいる男に渡すと「ぺテネラのくつした」というアイテムがもらえる。

 

そのキャラクターがぺテネラということはコンタクトレンズを渡さないと分からないのだが、このぺテネラには1964年の東京オリンピック 自転車競技・スクラッチの金メダリスト、ジョヴァンニ・ペッテネッラがモデルになっているそうで、糸井重里さんがぺテネラの走りに感動して登場することになったらしい。壮大な遊び心。遊び心というかもうほとんど狂気。

 

アイテム編その他。その砂漠を歩いていると日射病という状態異常になりそれを治す「ぬれタオル」というアイテムがあったり、道を塞いでいるコケシを消す「こけしけしマシン」があったり、回復アイテムである食べ物の効果をあげる「ケチャップ」「しお」などの味付け小物というアイテムも。独特。

 

そして音楽に対するこだわり。音楽もすごい人たちが作っている。日本語ロック黎明期、細野晴臣大瀧詠一松本隆鈴木茂、を擁した「はっぴぃえんど」という伝説的ロックバンドがいた。マザー2の音楽は、当時その「はっぴいえんど」と双璧をなしていた「はちみつぱい」というバンドや「ムーンライダース」というバンドのフロントマンだった鈴木慶一さんが制作に参加。天才。鈴木慶一さんと糸井重里さんは昔から組んで色々なCMを制作されていたらしい。

 

同じくマザー2の音楽制作に参加した田中宏和さんは、「ポケモン言えるかな」、初代ポケモンのオープニング『マサラタウンにさよならバイバイ!』などを作曲した人。天才。

 

ゲーム中の音楽がとにかく全て良い。特に好きなBGMは、クルーン戦などの戦闘BGM、クラーケン戦などのBGM、トンズラブラザーズのライブ、バス移動、フォーサイド、サマーズ、ダンジョン男のダンジョン、マニマニの悪魔が作った幻影のフォーサイドのホテルの音、それ以外も全部いい。ぜひ聞いて欲しい。

 

自分の思い出。ハッピーハッピー村のトラウマ。ハッピーハッピー村ではハッピーハッピー教という新興宗教が流行っていて街全体が青く塗られていたり、村の中央部にある教団本部に入ってみるとビッシリと青い頭巾をかぶった信者で埋め尽くされていたりしてとても不気味だった。

 

オウムの事件がちょうどあった頃、幼心に「しんこうしゅうきょう」というものに恐怖心を抱いていて現実と交錯するような強烈なインパクトがあった。

 

信者は三角の青い頭巾をかぶっておでこの部分にハッピーハッピーを表すHHというアルファベットが書かれていた。しかし海外ではHHは消され三角頭巾の先にポンポンがつけられている。これは何故かというとアメリカの白人至上主義的秘密結社KKK団を思い起こさせてしまうということで海外版にはデザインに若干の変更を施したそうだ。

 

ちなみにハッピーハッピー村の次に行く街の名前はスリーク、綴りは3を英語にしたスリーthreeKでスリーク、3K、こ、これは。ちなみにこれも海外版だと変更されスリードになっているらしい。

 

以下強ネタバレ。

 

 

 

 

他にもダンジョンが好きすぎてダンジョンになってしまった男の体に入ってそこがダンジョンマップになっていたり(そこにも電話があってセーブできたりベンチで休んで体力が回復できたりする)、地下世界に行ったらマップの中の主人公たちがめちゃくちゃ小さく描かれてめちゃくちゃ大きな恐竜型の敵がいたり、マジカントという主人公の精神世界に行くマップではマップ自体がサイケデリックなのに村人に話かけるごとに画面の色合いが変わったり、場面も次から次へと展開して飽きない。フォーサイドの裏面もかっこいい!

 

盛り込まれすぎてマザー2を語る時、みんな微妙に思い出が違う、引っかかったところが異なる。移動中も村人への聞き込み中も戦闘中も全て楽しい。音楽、グラフィック、言葉のチョイス、全編にユーモアがあり、どこを切り取っても楽しいというスキが無さすぎるゲーム。

 

ゲームの中で名場面を写真に撮りにくる人がいたり、ピザを宅配できたり、2時間連続でゲームしているとパパから電話がかかってきて休むように促されたりするなど仕掛けも盛り沢山。

 

ちなみにパパからの電話に「まだ冒険を続ける」と言うと「たしかに今は世界を救う冒険の途中だしな」みたいなことを言う。面白い。

 

後世への影響。Killer bongがサントラをサンプリングしたり(これはワンだけど)、星野源サケロック時代にマザー2のタイトルロゴをTシャツのネタに使ったり、最近だとBiSHが主人公たちのドット絵をサンプリングしたりと今に至るまで擦られ続けているネタ。

 

ここからさらに超ネタバレ。ここで読み終わっても問題ないです。全クリしたらまたぜひ。以下。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ラスボス。ラスボスは悪そのものになったギーグ。ラスボスとの戦闘は不気味な背景のみでギーグの姿はない。悪そのものなってしまったから。そしてギーグは通常の攻撃では倒せない。

 

倒すためにはポーラのいのるというコマンドを9回する必要がある。ポーラと出会ったときから戦闘画面中にいのるコマンドがあるけど、基本的には使わないコマンド。

 

当時もプレイしていない僕の耳にも噂だけが流れてきた。「ラスボスはポーラの『いのる』しないと倒せないよ」と。インターネットのない時代。ムリゲーすぎて噂がバズってた。※マジカントのネスの悪魔も自分で工夫しないと倒せない。

 

そして、ポーラの祈りに呼応するように旅で出会ったキャラクターたちが主人公たちの無事を祈ってくれて、その人を思う心でギーグと戦っていく。一人だけの力でここまできたのではないこと、色々な人との出会いがあって進んできたこと、その人たちの中にいる自分、そういったものが思い返される。

 

物語の中盤で主人公ではなくプレイヤーの名前を入力するのだけど、最後のいのる演出ではプレイヤー自身がゲームの中で祈ることによりギーグを撃破する。強く思うことが大事というメッセージを感じた。ギーグ撃破後、ポーキーは生き残りトゥービーコンテニュー。ポーキーは人を利用して生きてきた人間、自己中心的な人間の象徴。この辺も考えさせられるものがある。

 

以上、どこを切り取っても面白いスーファミソフト。ここまで刺激を受けたゲームはなかった。機会があったらぜひ触れてみてください。では。

ブロンケーのペイパーペイパー

ブロンケーのペイパーペイパーという曲がある。セカンドアルバム松風に収録されている。

 

ブロンケーといえば、前作である奇妙頂来相模富士がとても好きで発売されてから12年が過ぎた現在に至るまでずーっと聞いている。他の誰にも真似できないような変態的なフローが超かっこいいのだ。

 

ところが、奇妙頂来相模富士発売から5年後の2013年に発売されたセカンドアルバム松風は当時あまりピンとこなかった。愚かなり。

 

前作の大好きだった変態的なフローから、オートチューンを効かせまくった歌モノになってしまったというイメージだった。

 

「オートチューン」と「歌モノ」は、当時一番信用していなかったもの。今から7年前なので尖りに尖っていた。

 

リード曲のペイパーペイパーも「ブロンケーなのにクセのない曲」くらいの印象だった。まじで愚かなり。恥ずかしい。

 

それが先日ふと「ブロンケーめちゃくちゃ好きなのに松風をしっかり聞いていないのはおかしい」と思い立ち軽い気持ちで購入。

 

あらためてペイパーペイパーを聞いて見たら、めーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーちゃくちゃ良い!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 

youtu.be

 

いや、これブロンケー以外にできないだろ。当時の俺は本当に愚かだった。

 

普段はアルバムを通した流れを楽しみたいので、一曲だけ繰り返し再生するタイプではないのだけど、ペイパーペイパーは今日だけで10回以上は再生した。そしてブログまで。

 

そのような感じで感情が高ぶったのでブログを書かせていただきました。以上。

今更2019のM-1の話〜「優しい世界」とは

「お笑いを存分に語れるBAR32019事件振り返り〜」を見て、今更ながら2019年のM-1のことを思い出したり最近のあれこれと自分の中でリンクしたりしてブログを書きたくなってしまいました。M-1というか、ぺこぱと優しい世界の話とコロナとオードリー若林さんの話。


ゴッドタンの今回の放送では、あれだけ世に知られているかまいたちが別タイプの新作を2本持ってきたことの凄さや、逆にミルクボーイは昔からやっていたネタの知名度が低かったゆえにあの場所で爆発的にウケた話などが語られていた。プロ目線だとこの2組がトピックになるようだ。ぺこぱについては特に触れていなかった。


M-1が終わった後に、色々な芸人さんが各々のラジオ番組で割と自由にM-1を寸評するという流れがある。これが面白い。


99岡村さんANNでは毎年ノンスタの石田さんを招いて反省会をやっている。ぺこぱに関しては、石田さんのシュウペイに対する見解が面白かった。シュウペイは、松陰時太勇の長いツッコミを正面で待てるキャラが必要だったからアホなキャラを作ったのではないだろうか、とのこと。それで成立している気がすると分析していた。


おぎやはぎは、ラジオでは直接は触れていなかったがM-1みたいなところで楽しいわけないから楽しいって言う奴が信用できない」と言っていて、たまたまだろうけどシュウペイが楽しいと言っていた映像を見ていたので面白かった。たしかギャオで(緊張して変になっていたらしい)。またシュウペイは、元々やばいやつという情報も。


そしてオードリー若林さんはぺこぱのツッコミを「出尽くしたと思っていた中での新しいツッコミ」と持ち上げながらも、「俺らはこじんまりとやっていこう」と言っていた。めちゃくちゃ気になる言葉だったのでその言葉の意味について考えていた。それが今回のブログのテーマ。


話は一度大きくズレるが、ぺこぱのツッコミが「優しい世界」と評されていることから考えてみた。「優しい世界」は一つの思想。怒らないこと、認め合うこと、否定しないことなど。だと思っている。


「優しい世界」という言葉の一方で「繊細チンピラ」という言葉も生まれていて、これは「怖いです。やめてください。」という個人の感情により反対意見を潰していく人たち。「優しい世界」には、「繊細チンピラ」にとって居心地の良いという面があると思う。


例えば、あるお店の店内BGMについてスタッフの一人が「なんか、この曲コワイです!」と言い始めたことにより店内BGMを変える。正解不正解は別の話。怖いという人がいても勿論いいのだけど、その繊細さを優先しすぎて物事の本質を見失ってはいけないということ。


多様性や「優しい世界」は、怖がる人に合わせすぎるのではなく、事実に基づいて一人一人が社会全体を考え行動すること、それで対立しても相手を尊重して平和的に解決していこうという思想だと思っている。


また、なぜ「繊細チンピラ」が危険か新型コロナウイルスでも炙り出されたように思う。事実よりも大衆はムードに流されパニックになっているように見えた。ムードに流されてトイレットペーパーを買い占めるなど。


コロナは、感染具合や死亡率などだいぶ分かってきた。とは言えまだまだ未知であり専門家の間で意見も別れるのだろうけども。


世を覆うムードもまだまだ自粛ムードで風評被害による経済的ダメージが各所で起きている。3/15までは仕方ないのだろうが、国の自粛要請期間が終了し、事実が少しずつ分かってきたならば、いかにして早く日常に戻るかが大事。タイミングは難しいが、一人一人が考えて行動すること。積極的に公式の情報を仕入れること。


もちろん経済より人の命は大事。ただ既知のウイルスであるインフルなどと比べてどれくらい危険なのか、自粛しなければいけないのか、徐々に明らかになっていく事実に基づいて一人一人がリアルタイムで考えていく必要がある。一人一人が社会のことを考える。そしてきっとこれが「優しい世界」の次の世界。


筋を戻そう。ぺこぱは今回のM-1で大活躍し「優しい世界」という思想を打ち出してしまった。今は「優しい世界」という波に乗っているからいいが、時代が変わってしまったら逆にカウンターを浴びせられてしまうのではないだろうか。


オードリー若林さんがラジオで言っていた「俺らはこじんまりとやっていこう」とは、世の中に対する思想は持たせず、オードリー二人の世界を大事にしてお笑いをやっていこうという静かな決意表明だったのではないだろうか。最近の色々を見ながらそんなことを考えていた。


以上妄想。ありがとうございました。


ゴッドタンお笑いBAR本編の記録も少し。


アンタッチャブル、注目若手など色々な事件について振り返っていました。アンガールズ田中さん、相変わらず分かりやすい解説でありがたかった。面白い。アンタッチャブル10年ぶりの復活漫才は練習していたと思っていたが出演陣が総出で否定。きっとマジのドッキリだったのだろう。すごい。


ザキヤマさんが柴田さんを叩いた話を聞いた後で見返してみたら込み上げてくるものがあった。関係ないけど最近のゴッドタン 、いちゃマンもネタギリッシュもオオギリッシュも面白かった。いちゃマンの2本目のチョコさんすごかった。


はい。ありがとうございました。

眉村ちあきさん新潟ライブ

眉村ちあきさんのライブに初めて行ってきた。めちゃくちゃ良かった。その記録。


ゴッドタンのこの若手で吉田豪さんと出ているのを見て、同スナック眉村ちあきで感心して、TIF2019(在宅)でヤラれ、期待度が上がりきった状態で今回のライブ。めちゃくちゃ良かった。上がったハードル越えまくり。


TIF2019もめちゃくちゃ良かったのだけど、その期待を遥かに超えてくるライブだった。グルーヴがあった。すごい。凄まじい。


歌唱力、演奏力、即興性、どれをとっても一級品の超実力派シンガーソングライターだった。しかし、オタクを愛してオタクに愛される関係性は正しくアイドルだった。


眉村さんは以前アイドルグループの一員としてデビューしたときに、業界の悪い大人をたくさん見たと言っていた。それでも、これだけの実力を持ちながら、シンガーソングライターではなくアイドルを名乗り活動している。そのあたりにも興味が湧いた。


ライブでは、技量もさることながら、客いじり、コール&レスポンス、盛り上げ方が上手くて驚いた。ありがちな予定調和のコール&レスポンスではなく、こちらから参加したくなるような気持ちになった。


フロアに降りていってその場でピックアップしたファンを踊らせてみたり、ダイブして歌唱しながらフロアをリフトで二周したり、お客様を巻き込んだ演出をたくさんしていて面白かった。


特殊だけどイヤミなし。楽しい。とにかくライブ感満載のそのときにしか見れないような演出を歌いながらたくさんしていた。


例えば、「さっき聞いたんだけど下のフロアから苦情がくるから20時になるまで低音は鳴らしちゃダメなんだって、だからみんなでベースの部分を歌って!」といってお客様がベースを口ずさみ始めたところで、めちゃくちゃスピーカーから低音のトラックを流すという悪ふざけなど。悪いやつだな!もう!(おじさんの心)


眉村ちあきさんは、とても天真爛漫なキャラクター。そのキャラクターにより曲やMCや演出がリアリティを持った胸に迫るものになり、眉村ちあきという人間がお客様一人一人に体当たりをしてくるような良い圧力が会場に生まれていたように思った。


お客様一人一人をよく見ながらライブしている姿が印象的で、コール&レスポンスをまじえどんどんと会場の一体感を作りあげる姿はもはやフレディ・マーキュリーだった。


そして、ただ天真爛漫だけではない。散々楽しませてもらったライブ最終盤には「もっと大きいところでライブがしたい」という思いの詰まったMCをしていた。鋭くて短い言葉が心に刺さった。眉村さんならできる。


通常のMCは、「おまえら、頭おかしいんじゃないの!?」(かわいい)とか「お前らもう普通の刺激じゃ満足できなくなってるんだろ?」(かわいい)など。


最終盤の自分が伝えたいことは全体のMC5%ほど。残りの95%は求められているものを出してくれているという印象だった。


眉村さんの曲は独特な世界観というイメージが先行して出会い頭の一曲では曲の魅力が伝わり切らない気がしていた。自分の感覚の話だけれども。


しかしライブで聞いていたら不思議と詩の世界がスーっと入ってきた。曲と曲同士の世界観が繋がっている感じ。直接的に語りかけるような曲も間接的に意味不明な言葉の曲も。


本当に素直に作ったときに思ったことや考えたことを曲にしているんだなぁという気持ちになり、そのときの眉村さんの感覚を共有しているような聞き心地だった。レオンめちゃくちゃ良かった。


最後の曲は超ナックルセンスという曲。トラックが止まってもマユムラーの方の「まだまだぁ!」みたいな掛け声により無限ループ。でも嫌じゃない。楽しい。


フロアの中央に立った眉村さん、サビで頭を振るお客様を見つけ、その頭の振りを真似したり、最終的には別のお客様を対峙させ頭を振らせていた。意味が分からない。でも最高だった。最後はライブハウス側から音を切られ終了。眉村さんの号令により敬礼で締め。たぶん全員していた。


会場は100人キャパのライブハウス。「もうこれだけの人数ならホームパーティーだね!」という眉村さんの言葉通りライブに行ったというよりも一体感がすごすぎてホームパーティーに参加した感覚だった。実質ピザ頼んだ。俺は眉村ちあきさんとホームパーティーをしたんだ。そのような最高のライブだった。ありがとうございました。


追伸


友人がインフルエンザにかかり行けなくなりチケットお譲りしますツイートを拡散していただきありがとうございました。マユムラーさんたちのあたたかみ感じました。マユムラーさん以外でも拡散していただいた方々ありがとうございました。嬉


あとゴッドタンでR指定さんと眉村ちあきさんにフリースタイルダンジョンして欲しいです。佐久間宣行さん、お願いします )


以上。ありがとうございました。

ツイッターと私

ツイ消しをしまくった。ツイ消し一回につき10円募金することにしたので820円分募金する。必ずする。千円まで貯めてする。がんばっている誰かを応援する的な使い方かも知れないけど。普通にレジ前の募金箱に入れるかも知れないけど。渋沢栄一の言う「よく集め、よく使え」。意識的に社会参加をしてみようかしらと。※ぺがさす荘さんにぼきんすることに先程決まった。


なぜツイ消しをするか。感覚的に言うと「新しく自分を知ってくれた人が、もしも自分のツイートを遡って見てくれたときに、散らかっているよりキレイな方が良い」から。自分なりのホスピタリティ。


昔は、「吐いたツバ飲まんとけよ!」精神で一度言葉にして世の中に放ったものを撤回してはいけないのではないか、という気持ちの方が強かった。


その感覚は無くなったわけではないけど、ツイッターの目的が外向きか内向きかの比重が少し変わった気がする。


また、アユニ・Dというアイドルが良くツイ消しをする。インスタグラムのストーリーという機能に近い気がする。インターネット上で、その瞬間に居合わせた人だけがその情報を得るという。その感覚も面白い気がした。


そんな意図があってツイ消しをたくさんしました。ツイッターなどSNSについて考えていることをまた機会があったらブログに書きます。以上。