tanakamajime blog

オタクくんです。思ったことを思ったときに書かせていただいております。

神聖かまってちゃん

神聖かまってちゃんの現在が気になっている。


神聖かまってちゃんについて回るメンヘラというイメージがある。それはそれで間違いないと思うのだけど、ビバラロック2019のライブ動画を見ていて私は率直にライブが楽しそうで良いなと思った。


ボーカルの「の子」と同い年ということもあり、全く同じ時代を過ごしてきた同級生が何かを表現している姿は胸に迫るものがある。


昔は、メンヘラ感が苦手だったけどその動画を見たときには「しっかり自分の人生と向き合って生命を全うしている感じ」の方に視点が向いた。


楽曲のメロディーやライブの盛り上げ方もさることながら、あのキャラクターのまま10年間変わらぬメンバー(4度の大きな解散危機を乗り越え)で活動していることもすごいと思うし、誰かを楽しませることを仕事として何とか形にして続けようとしていることも伝わってくる。


ご飯でも、昔は苦手だった食べ物をたまに敢えて食べたりして自分の味覚を確かめる遊びが好きだ。たまに苦手だったものが美味しく感じられたりして、そういうときは食以外にも何か色々なことを経て己の味覚が開発されたのかなという感覚がとても面白い。


私も好き嫌いをはっきり持つこともあるけど(それはそれで大事な場合もあるけど)、最近のかまってちゃんや同窓会での先生のスピーチなどを見せてもらい、何事も決めつけすぎず、上手に距離を取って、なるべく多くのものを楽しめるように心がけたいと改めて思った。


https://youtu.be/mwotyENQEcg


きっとこういうイメージ。


まだまだ糞だけど心穏やかに生きれるように自分も日々なにかを頑張る。そんな感じのことを思っていた。以上。ばーい。

20190505中学校の同窓会

ゴールデンウィークに同窓会がありました。

 

久しぶりに会う友人たちと「何を話して良いか分からなくなりそう!」と行く前は少し気後れする部分もありましたが、行ってみたらみんな良い人ばかりでとても楽しい時間を過ごさせていただきました。幹事様はじめ皆様ありがとうございました。

 

当時の先生も来てくれて、挨拶の中に「あの時の先生たちの年齢をあなたたちは越しました。そう考えていただくとあの頃の私たちが至らなかった点もご理解いただけるのではないでしょうか?許していただいて、また仲良くしていただけたら幸いです。」というような一節があり胸に響きました。

 

今、自分や周りの同級生の友人が中学生の前に立って上手に立ち振舞えるか考えるととても難しいと思いました。先生、ごめんやで。何も知らないけど一丁前に反発して、先生の揚げ足を取りたくて、お調子に乗って、そのくせ人に伝えることは苦手で、とにかくて眠くて、漫画が読みたくて、ゲームがしたい人間に。事実、中学校の先生をしている友人からは生徒指導のことで生徒に分かってもらえるように大変苦心しているという話も聞きました。

 

あの中学生時代をともに過ごした人たちの近況を聞き、みなそれぞれ自分の人生に向き合ってることが伝わってきて自分も人生を頑張ろうと励まされたような気持ちでした。次回は、休みの日何してんの?とかその人の興味の部分をもっと聞きたいと思いました。

 

そんな感じでございました。ありがとうございました。ばーい。

20190324ミズモトアキラさんトークショー

ミズモトアキラさんという方が武田百合子さんを語るということで二人について何も知らないけど信濃川あひるさんが主催したので見物に行ってみた。

 

武田百合子さんは富士日記や新東海道五拾三次などの作品が有名でとてもキレイな文章を書く方だそうです。ミズモトアキラさんはその富士日記を読んで感じたことをウェブで発表されているそうです。勉強になったことを箇条書きにしていきます。

 

「最近やっと何で自分が富士日記を読んで感じたことをウェブで発表しているか分かってきた」

分からないけどやりたくなったことをとりあえずやってみて、やり続けるうちになんでやりたくなったか分かってくる結果やってよかったと思えるというそのようなニュアンスで話されていました。その感覚は何となく分かるような気がしました。

 

「足で探す」

行ってみることが一番だと。そんな話を聞いたら私も、福島、山形、富山、長野、群馬あたりのコアなお店をもっと知りたいと思いました。

 

「流れていく雲を文章にするためには、よく観察すること、それに感動すること」

確かに。文章を書くこと、残すこと自体の面白さを感じることも大事だとおっしゃていてそれにもかなり共感しました。このブログも本当にそれでしかないです。とりあえず残しておく面白さ。

 

「松の芽から何をイメージするか、どう文章にするか」

一部抜き出しさせてもらいます。『暮れ方、松の芽がいっせいに空に向かって伸びているのがくっきりと目に立つ。花札のようだ。心がざわざわする。私の金銭欲と性欲と物欲。』。

 

「言葉をチョイスすること自体の面白さ」

葉柄(ようへい)、花柄(かへい)など。その人の中にそれがあるということが伝わってくると面白いと。なるほど。

 

「絵コンテのような文章」

行き交う人をよく見ていて、文章を読むと情景が浮かぶという意味でのミズモトさんの表現。また文章の中で『学生』や『会社員』というタグ付けを敢えて行っているという話もありました。普通は見ただけでは分からない部分があり断定的な表現を避けてふわふわしてしまうが、武田さんはビシビシと切れ味が鋭く文章を見た個々が想像しやすくて面白いと。

 

「自分の中の後楽園元旦をどうすれば残せるか」

そのとき楽しい悲しいは書いていなかったそうです。何を残して何を落とすか。どのように残すかということを楽しむと言っておられました。

 

「絵葉書の凄さ」

観光地にあるような絵葉書はスキル云々ではなく、誰にでも伝わるような情報量がすごいと。それも表現の一つだと。

 

「あくびとアクビ」

眠くなってきた平仮名の『あくび』と、時間が経過してあの夜のという意味に名詞に変わったカタカナの『アクビ』。聞いていて繊細すぎて目眩がするようでした。書く側の遊び心と読み解く側の遊び心。繊細な感情や詳しい人の話を聞くことが好きです。誰でもどこかに持っている、ガサツな人にも私にもあるその人の繊細な一面。私はほとんど下品な人間なので上品なものに憧れてしまいます。

 

「量は問題ない」

足りているかどうかが肝要であると。『0.5グラムの世界』とメモには残されていたのですが今その意味は分かりません。分かるメモじゃないと意味がありません。メモを取りながら聞いていたのですが、日にちが経過して感情の新鮮さが見事なまでに失われてしまいました。阿呆!

 

なのでここからは一番ホットな今の感情を最後に残しておきます。関係ない話です。

 

今日20190507は吉田豪のインターネット配信にジュンジュンが出ていました。昨日の「の子」の配信が約800人、吉田豪とジュンジュンで約12000人。視聴率ではなく視聴者数がリアルタイムで可視化される現代社会。世間の関心が見えます。放送の中で、ジュンジュンが過去に炎上したときに攻撃してきたウェブ雑誌の記者などが今どこで何をしているかサーチしているという話をしていました。「どこかでバッタリ会ってそいつらが俺の違う一面を見て見直してくれたら嬉しいな」と言い添える姿からはやはり狂気を感じました。

 

あとは引き続きかまってちゃんを何曲か聞きました。るるちゃんの自殺配信、自分らしく、知恵ちゃんの聖書、など。本当に今更だけどメンヘラという括り方だけではもったいない気がしてきています。ノイジー、メロディー、歌詞(チャート見てモナコインとか300万溶かしちゃったとか面白かったです)、絶妙に外れる独特なフシ回しなど、とにかくオリジナリティを打ち出そうとする思いが伝わってくるところが好きです。私と全くの同学年で、場所は違えど同じ時代、時間を経て活動しているというところも興味が引かれます。10年以上も同じメンバーで活動しているところも。

 

みんなでドライブとかではなく家で一人で殺伐とした気分で過ごすときに良いかも知れません。歌詞に刺激的な言葉が並んでいるので万人向けではありません。INU町田町蔵とか僕はあまり分からないですけど誰かはすごく好きなわけで、そういうものは自分の中で一度は消化したくなるヘキがあるんです。みさこさんかわいい。

 

以上、だらだらと。ありがとうございました。ばーい。

20190501令和った

完全に令和った。

 

年をとってきたせいか段々と日本ちゃんのことを好きになってきている。国民的行事全般にも昔より興味を持って接することができる。

 

平成の天皇(よく知らないけどこの表現は正しくないらしい)が引退するにあたって、どのような公務をされていたかテレビでやっていた。とにかく日本のために各地へ行って祈ってくれていたことが分かった。

 

平成最後の日、新年を待つ大晦日のような高揚感があった。崩御によるものではないですしね。何も無く寝るパターンも考えられたが、大晦日の気持ちが盛り上がってしまって家で妻と酒を飲むことにした。

 

ニュースゼロで全国各地の様子を見ながら、ツイッターで流れてきた神聖かまってちゃんの「の子」さんのインターネット配信を見ていた。同い年。

 

酔っ払って歌を歌ったり、舌打ちをしたり、コメントに絡んで毒づいたり、「お茶爆アザマス!」と叫んだり、最近あまり触れることのなかった「とがり」を感じられて面白かった。ひしひしと伝わってくる陰な人間性とあいまって太宰治が現代に生きていたらこのような感じだったのかも知れないと思いながら視聴していた。

 

じゃがたら江戸アケミがライブで生きた蛇を食いちぎったように、最近亡くなったザ・スターリン遠藤ミチロウがライブで客席に豚の頭や臓物を投げ込んだように、の子は過去に駅前で警察に怒られるまで配信したり流血しながらライブしていた。単純に刺激的なことを考えてエンターテイメントにしようとする人が面白い。応援するというわけではないけど。

 

そうこうしているうちにカウントダウンが開始され元号が変わっていた。渋谷の若者は例によって騒いでいた。翌朝は早起きして白山神社へ。全く正月の動き。令和もよろしくお願いします。ばーい。

【映画】エンドオブザワールド【ネタバレあり】

隕石が地球に衝突して人類滅亡します!残された時間で何をしますか?という映画。


なんとなく人生について考えたくなったとき見るといいのかも知れない。


以下ネタバレあり。


烏賊


烏賊


烏賊


烏賊


烏賊





栄螺




世界が終わってしまうということで、もっと人の心の闇の部分がクローズアップされるかと思ったけど意外とそういうシーンは少なかった。略奪、暴力などあるのではないかとハラハラしながら見ていたけど僕の心が汚れているだけだった。


伴侶と穏やかに過ごす人、ドラッグ&乱交パーティーを楽しむ人、街中で暴徒化する人々、変わらず仕事を続ける人、救われると信じて隕石衝突後の世界を思い描く人。


スコップおじさんは、何だったのだろうか。人を殺したのか?殺してもらうような依頼をしていたのか?一回見ただけでは分からなかった。


欲望を持たない主人公だったが最後には愛を見つけ、お互いがお互いに愛を与えて魂を救い合ったことを確認して穏やかな光に包まれ最後を迎える。ラストシーンの会話が良かった。


もしも隕石が落ちてくるなら自分も妻と最後のときを迎えたいと思う。五頭山の山奥で緑に囲まれ、コーヒーを飲んでケーキを食べて何か音楽を聞きながら死ぬ。妻が良いと言えば。


友人のご両親は五頭山の麓の住宅地で隠遁生活を送っていたが、新潟市内の息子に呼び戻され隣に家を建てた。死ぬときが分かるならいいが、いつ死ぬかは分からないので未来のそのときの現実に即したベストの死に方をしたいと思った。生きる。

トレインスポッティングが好き

ブリングバックという友人のポッドキャストラジオでトレインスポッティングについて語ろうということで改めて見直した。生涯で一番見ている大好きな映画。DVDを所持しているので友人と宅飲みをするたびにBGM代わりによく再生していた。

 

トレインスポッティング、90年代前半の映画。スコットランドで暮らすヘロイン中毒の若者たちの日常と閉塞感を抜け出そうともがく姿が描かれている。ファッション、音楽登場人物のキャラクター、映像の作り方、セリフ、テンポ、ストーリー、オチ、全てが一体となった作品だと思う。「こういう服を着た人がこういう音楽を聞いてこういうノリでこういうコミュニケーションでこういう考え方・ライフスタイルだった」が作り込まれていて、一つ一つのセンスが魅力的で見ていて心地よかった。何回も見たけど今回あらためてトレインスポッティングについて色々と検索していて新しく分かったことがたくさんあって面白かった。

 

映画の中でレントンが履いているアディダスのエンジ色のスニーカーを見て「スウェードだからヨーロッパだしガッツレーかな、でもタンがボディーと同じ色だし形も違うよな」と思っていた。今回が良い機会だと、モデル名を突き止めてやろうとスニーカーに注目して見ていたら靴のソール部分が映ってガッツレー系では無いことが分かった。ソールは何となくサッカー用のもののようで調べたらサンバが出てきた。しかしサンバと違うことは知っていた。

 

試しに「アディダス サンバ トレスポ」で検索してみたら詳しい方はいるもんで「レントンの足元、samba super suedeなんですが欲しいな〜」みたいなことをおっしゃている方がいた。すごすぎる。「なんですが」じゃないですよ。僕が見た限りではあなたしかモデル名まで正しく言い当てている方はいませんでしたよ。

 

ちなみに「サンバスーパー」はタンの作りがちょっと違うようだった。しかしこちらもかっこいいのでいつか良い感じのものが再発されたら入手したい。2ではサンバスペツィアルを履いていたけど、こちらは現行もの。しかしやっぱりアディダスだったことが嬉しかった。永遠にアディダスを履こう。

 

スニーカーだけでなくコーディネートもめちゃくちゃカッコイイ。黒が褪せまくったスキニージーンズ、エリやソデまでボロボロにダメージした服、ゴミみたいに汚れたコンバースオールスターハイカット生成り、嘘みたいに小さなTシャツ。全くリアルタイムでは無かったけど高校生のときに初めて見て感じた「なんかわからんがカッコイイィィーーー!!」という衝撃は凄まじく、自分のファッション観の基本的な部分はレントンから大きく影響を受けている。若い頃と同じ格好はできないけどヒーローがいれば2000何年でもスタイルは古くならない。

 

レントンに対するダイアンのセリフ、「繊細で冗談が上手くて冒険好き情熱的で誠実なちょっといかれたワル」という言葉の通り、主人公レントンは不良っぽくてカッコイイ。不良は体制に対するカウンターだと思うので何となく人生や世の中に納得できないでいる人にとってレントンは自己投影しやすいのかも知れない。ダラダラと堕落してしまったけど抜け出そうと何度もチャレンジしたり失敗したり一か八かに賭けたり、とにかく何とか良くしようともがく姿は魅力的に見えた。憧れて静脈にヘロインを打ち込み続けた。もちろん嘘。映画はドラッグを否定しているわけでも礼賛しているわけでもない。ただ「こういうことだよ」という描き方が中立的でドライでクールだった。ヘロインは怖い。間違いなくやらない。

 

 音楽について。イントロ部分、Iggy pop /Lust for life(イギーポップ/ラストフォーライフ)が流れ警官に追われながら疾走する二人の男、バックグラウンドには物語のテーマとも言える「自分の人生を選べ」という急き立てられるような内容のリリック。何かが起きている感じが伝わってきて一気に物語へと引き込まれる。ちなみにBiSHのアユニ・Dはピエール瀧が捕まった朝にツイッターでラストフォーライフの画像を貼っていたけど瀧はコカインでトレインスポッティングはヘロインだ。

 

youtu.be

 

レントン25歳がダイアナ14歳と出会う最初のディスコのシーンで流れる音楽。「ニャにゃにゃにゃーにゃ!テンプテーション」、Heaven17/Temptation(ヘブンセブンティーンズ/テンプテーション)という曲。このディスコの内装は「時計仕掛けのオレンジ」に多大なるオマージュを寄せて作られているらしい。

 

調べてみたら確かに「時計仕掛けのオレンジ」でミルクバーで座るアレックスたちの背景に映る壁紙の文字と、トミーとスパッドが話しているシーンで映る壁紙の文字が同じフォントだった。ちなみにヘブンセブンティーンズというバンド名も「時計仕掛けのオレンジ」に出てくる言葉から名付けたらしく、舞台美術と音楽をさりげなくリンクさせるオシャレさが泣ける。

 

youtu.be

 

ヘブンセブンティーンズのテンプテーションから「てんてんテーン」とSleeper / Atomic(スリーパー/アトミック)に曲が繋がれる。この曲がまたカッコイイ。ブロンディというアーティストのカバー曲。

 

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「何かを始めなきゃ」と就職して新しい世界に飛び込んだレントンの高揚感を「ボンでけでけでけぼんでけぼん」と表現しているかのようなIce MC / Think About The Way(アイスMC /シンクアバウトザウェイ)もカッコイイ。未来は開かれた、かに見えたのだが。人生、起伏の連続。

 

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取引成功の音楽もカッコイイ。Sleeper / Startuesque(スリーパー/スターチュエスク)。ギター「ビービビ・ビービビー」というローファイ爽やかなイントロが流れるがレントンのセリフは次の展開を示すような暗いものだった。仲間と過ごした時間の中での楽しかったピーク。余談になるが今またこういう音が少し流行っているように感じる。ジュアンズやノーバシーズなど。

 

youtu.be

 

そして、例の「ビール持てないならバーに来るな」事件が起きてしまう。居合わせた客を殴り付けたベグビーがタバコを取ってこいと言ってレントンはタバコに火を着けてベグビーに渡す、渡されたベグビーはレントンの顔にタバコの煙を吹きかけて、「てんてんてんてんX2」とアンダーワールドのボーンスリッピーが静かに流れ始めラストシーンへ。か、カッコイイ、、(曲が)。

 

 

映画の中で「何故あんなにひどいことをするベグビーと友達なんだろう?」ということがすごく疑問だった。いつの頃から友人関係かは調べても分からなかったけど、年上だったベグビーが落第してレントンたちと同級生になったという関係らしい。いわゆる昔からの腐れ縁。年上だし腐れ縁だから横暴な態度にも我慢して友達でいたけど、結局最後にカタルシスを迎えるという。幼馴染の友人という特別な関係が壊れずにいたひとときを映画の中で描いていたのだと解釈した。自戒。

 

豆知識のコーナー。シックボーイ以外みんなスコットランド出身、劇中のセリフはスコットランド訛りがすごくてアメリカ英語を習った人にはセリフがわからないらしい。トイレのシーンの茶色は全部チョコレート。原作を書いたアーヴィン・ウェルシュさんもマイキーというショボい売人役で映画に出演している。95年頃の2000ポンドは30万円くらい。16000ポンドは240万円くらい。

 

ちなみに映画の中に「トレインスポッティング」という曲が使われている。プライマルスクリームが映画のために書き下ろした曲で映画の中のどこで使われているかというと、禁薬したレントンとシックボーイが公園で寝そべって二人で喋っているというシーンだった。僕がシーンから感じられたことは、「集団でランニングする人たち、遊んでいる親子、色々な人がいる晴れた休日の公園で、はしっこからモデルガンで一般市民を狙うレントンとシックボーイ、人生で何を選んでいるかの対比、腐れ縁的な人間関係とその重要性」、飛躍させすぎかも知れないけど音楽を大切にしている映画でタイトル曲が使われているということはかなり重要なシーンなのではないかと思う。

 

youtu.be

 

良い曲だな〜。トレインスポッティングには二つの意味があるらしい。一つ目はトレインスポッティングを直訳した「鉄道オタク」、転じて「些細なことに夢中になる人」、ここからもプライマルスクリームのトレインスポッティングが流れる公園での場面に繋がるのかなと考えてみた。


夢中になるという意味では、トレスポ2に「みんなSNSとか何かしらの中毒!」みたいなセリフがあったように、「どの中毒を選ぶか」、「何に夢中になるか」、「人生で何を選ぶか」という作品のテーマまで連想させられていく見事なタイトル。トレインスポッティングの二つ目の意味は「廃線になった駅で薬物を摂取している人たち」というスラング。2ではベグビーの父親のセリフでこちらの意味が使われているシーンが。

 

というわけで大好きな映画をベラベラとやらせてもらいました。「チューズユアライフ」ですね。そんな感じで、ほなまたです。ばーい。

20190418 祖母と話す

今日は母方の祖母と話した。アベヨウコ85歳。6年前に夫を亡くしケアハウスという老人が共同生活するアパートで一人暮らしをしている。ケアハウスは健康を考え作られた食事が自動で出てきてお風呂も決められた時間なら自由に入れるという施設。祖母はいつ行っても具合が悪いと言っていて「長生きはするもんじゃない」が口癖になっている。少し前に会ったときよりも体が重そうだったが脳の回転は衰えておらず良く話してくれて元気そうで良かった。

 

ふと行きたくなったのは、昨日働いているときに「お父さんとお母さんから生まれるけどやがては全員もれなく土に帰るって面白いな。俺も君もいつか地球か。それじゃあもうほぼ地球か」、「母方の祖母はあと6年くらい生きてくれるか、もしくは2、3年、下手すれば来月には土に帰るのか、もっと話したいな」とふと思ったからである。

 

祖母は気が強いタイプで、今日行ったときも「ケアハウスの恒例行事でカラオケ行ってたけど周りが下手すぎてもう行きたくなくなったわ笑」と歯に絹着せぬ調子で笑い話にしていた。元気なときは歌のカルチャースクールに通っていてカラオケを得意としていることは知っていた。

 

母は、祖母を評して気は強いが気配りもできる人だと良く言っていた(自分は気が効かないが、とも)。ケアハウスに入る前、夫婦で住んでいたときは向かい三軒両隣には抜かりなく色々と気を使っていたようで楽しそうなご近所付き合いの話を良く聞かせてもらっていた。

 

一軒家からケアハウスに引っ越したのも、いわゆる終活によるものらしく祖父の死後2年ほどかけて家のものを全て処分し、掃除し、家自体も近所の若夫婦に二束三文で売り渡してしまった。残されたものに負担をかけぬよう死ぬ準備の一環のようだった。

 

祖母の近所に住んでいる母は、ご近所との良好な関係を見て一軒家からケアハウスに移らなくて良いのではないかと声をかけていたそうだが祖母は全てを処分してケアハウスに引っ越した。本人はそこまで言わなかったが、人の世話になることをよしとせず人間関係すら死ぬ準備の一環に捉え美しく遠ざかろうとしていたのではないかと思ってしまう。

 

引っ越しが79歳のとき、「何でも元気なうちにやらねばダメだ」と言う姿は言動が一致して筋を通しているようでかっこよかった。昔から段取りをとても気にするそうで「若いときから天気予報を見て日々の段取りをするんだわ」と教えてくれて勉強になった。

 

「引っ越してから6年たったけど、この前6年間で施設に払った金を全部計算したら560万(仮)だった」と教えてくれた。自分は祖父の遺族年金と自身の国民年金で賄えているが、国民年金だけの人も公の機関から補助が出るから施設に入れるとも。どうにかなるのだなと強く思った。

 

「他の施設を見せてもらったこともあるけど、ここより狭いし料金は高いし良くなかった」「あんたらは少子高齢化で大変だね」「趣味がない人は寝てばっかりいるわ」と言っていてまた考えさせられた。

 

最近は「年金の受給開始年齢を70歳に引きあげようかその代わり82歳まで生きたらモトがとれるようにするよ」などという話し合いを国がしているとのニュースも聞いた。現代をサバイヴするものの人生観として、体が動くうちは働きに出て社会にも参加しつつ動けなくなったらゴールというくらいに考えておいていいのかも知れない。働く意欲さえあればどうにでもなるとも思える今の時代はとても幸せなのかも知れないとも考えた。

 

数年先の社会情勢も大きく変わらないような気がするし、何なら国がどこかのタイミングで本気の人口増加を目指して老人になった我々が割を食う未来がやってくるかも知れない。そこから思い浮かぶことは今しかできないことを今やる重要性で、「年を取ったらやろ〜」という老後の楽しみは、もしかしたら通用しないのかも知れない。もちろん全て自分のバランス感覚でありタイミング感覚であり、つまりそれぞれの人生観だけれども。心の底からみんな違ってみんな良いと思うけれども。

 

祖母、別れ際に「まーだまだあんたらにはフタ山もミ山もヨツ山もあるわね」と言っていたので今度行ったときには今までの山と、戦時中や戦争からどう生きてきたか時代の流れや何を考えて生きてきたか、年を取っても楽しい趣味などインタビューしてみよう。楽しそうだ。今日は1時間くらいだったがずっと喋りっぱなしでお腹いっぱいになって退散した。やるなアベヨウコ。あと2年くらい健康に生きてくれ。

 

帰りに家内と10年前の話になった。曰く、「10年前は思い出すと至らぬ過ぎて恥ずかしくなるけど、それはもう経験できないことだと考えると我がことながら愛おしくなるね」と。いいね。こちらは10年前どころか昨日のことすらも至らぬ過ぎて恥ずかしいようなどうしようもない男。しかし、確かに10年前よりは良くなっている、と思う。昔の私、どんどん更新できたら面白いのでできるだけ長く今考えていることをブログにしたため生きていこう。

 

そんな感じでほなまた。ばーい。